DESIGN PUBLIC

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INTRO

magazine for select your life

「DESIGN PUBLIC」では、
社会の中で価値が見出されていなかった物事を、
新たな価値としてデザインし、
発信している事例を紹介
していきます。
DESIGN PUBLICを通して、
その事例の根底にある想いが伝わり、
世の中に広がっていくことを願っています。

INFORMATION

 
 
 

vol.06 PR-y

introduction

広告やグラフィック・写真などの世界で活躍する人たちによって結成されたPR-y。社会で起こっている問題に対し、自分たちが実際の場に行き、見て感じたことをクリエイティブな視点から発信する。今PR-yは、大阪にある重度知的障害者の自立支援を行うアトリエコーナスとの出会いから、様々な可能性を新たに生み出している。彼らの日常、創作活動の様子を撮り綴った写真集を出版し、ファッションデザイナー丸山昌彦氏とともにアパレルラインNUDE:MM×CORNERS×PR-yを展開する。また、アール・ブリュット作品のコレクターとして名高いフランスの非営利団体abcdとアトリエコーナスとのつながりを作り出すなど、自分たちの持てる力をフルに活用し、アトリエコーナスに通う障害者の作品や彼らの日常を世界に向けて開いている。根底には、障害者の現状や彼らがもたれているイメージを変えていきたいとの明確な想いがあるが、PR-yの活動自体は支援でもサポートでもないと位置付けている。まず第一に大切にしているのは、自分たちの心が動くかどうか。その上で、自分たちがプロとして培ってきた力を使い、クリエイティブに、本当に伝えたいと思ったことだけを伝えたい先へ届け続けている。今回はそうした取り組みをPR-yのクリエイティブディレクターである笠谷圭見さんから取材した。

−PR-yを始めたきっかけからお聞かせください。

子どもの頃、父にねむの木学園(障害児入所施設)に連れて行かれたんです。その頃はよく分からなかったんですが、未だに色彩などは印象に残り興味を持ち続けていたんですよね。また、それとは別ですが、僕には8歳の双子の娘と息子がいて、息子の方が3歳の時に自閉症と診断されて、保育園に行きながらそういう子(発達に障害が見られる子)の施設にも二重で通っているんですよ。うちの子はすごい症状が軽いというか、パッと見全然分からないんですけど、そこの施設には重度の自閉症の方もいらっしゃったし、知的障害者の方もいらっしゃって、そういう友達と触れ合う機会も多かったし親御さんと話をする機会も多い中で、簡単に言うと、自分に何かできることはないかと思いました。そんなに差別される要素は何もないのに、ただただ知らないからとか、なんとなく怖いからとか、そういうイメージが自分も含めて世の中にあるなと感じたんです。
それを何か世の中に違う形で伝えることはできないかと思ったのが3〜4年前くらいなんですよ。実際この活動は夏ぐらいからで、それまでは何かせなあかんなと思いながら出来なかった時期がずっとあって、直接的なタイミングは去年の震災の辺り。
僕の所属する広告制作会社RISSI INC.として復興支援をしようという動きが起こったんですよ。その時に東京オフィスと大阪オフィスでそれぞれやろうということになって、何度も会議をしたんですけど、実際、東京と大阪とでは熱意が全然違うというか、それほど深刻に実感できないというのが正直なところでした。
毎回集まって何をするか話し合う中で、復興支援に限らなくても、もっと身近に助けなあかん人がいるんじゃないかって意見が出たんです。復興支援とは全く関係ないんですけど、とりあえず思いのあることから始めようと。
そこで初めて福祉関係へのアプローチがあがりました。僕らのやってきた広告やグラフィックで、無理のない程度に始めてみようと。会社の中でも僕らはPRの仕事をしていて、企業だったり大学の広報活動を手伝って、現場で取材し自分たちで形にするという基本のスタンスは確立されていました。なので、まさしく一般の人があまり知らない現場に入り込んで、そこで見たものを楽しい情報として世の中に発信していくということだったら無理なく続けていけるんじゃないかと思ったんです。
思い立ったら行動は早い方で、翌日すぐに片っ端から施設に連絡していましたね。そしてアトリエコーナスさんと巡り合って、「来週からでも毎日行ってもいいですか」って頼んでいました。
社内にはカメラマンがいないので、まずはカメラマンが必要だと思い、3人のカメラマンに声を掛けました。すると3人ともOKをくれて、しかもかなり熱く「やらせてくれ」と。3人とも結構売れっ子で、普段でもスケジュールを抑えるのが難しいんですけど、無償で協力すると言ってくれました。
それで僕とスケジュールの合ったカメラマンが6ヶ月間ほぼ毎週アトリエコーナスさんに取材に行きました。今もほぼ毎週出入りさせてもらってるんです。実際の創作活動の様子とか、創作以外でも町の清掃活動をしている様子を取材させてもらう中で、顔を出してもいいし、どんな形で出してもいいよという理解のある方がいてくれて、きわどい表現は施設に確認を取りますが、できるだけありのままを伝えてきました。

−制作物の始まりは、アトリエコーナスの日常や創作活動の様子を撮り綴ったフォトブック「CORNERSTONE」ですが、なぜフォトブックという形を選んだのでしょう?

福祉業界を悪くいうつもりはないのですが、やっぱり「がんばって」描いた絵だったり、「がんばって」焼いたクッキーってなってしまうんです。それが逆に引いちゃうというか。そういう一般的なイメージをなにしろ払拭したいと思ったのが一番最初です。
イメージ戦略としてファッションカメラマンを使い、普段かっこいいことをしている人が取り組んでいるプロジェクトという部分を見せたかった。
そうは言ってもあんまりぶっとばしすぎると、実際、誹謗中傷も来るんですね。「何を勝手なことをしてんねん」とか「何を分かってやってんねん」とか言われたりする。でも結局仕上がってみると福祉っぽいフォトブック(CORNERSTONE)ができてしまったなと思います。やさしい感じというか、やさしいのが悪い訳ではないんですけど、そういうことは色んな人たちがすでにやっているので、同じことをやっても意味がないなと思いながら、こういう仕上がりになってしまった。実は100%の満足度ではないんです。
でも次に出る2作目は思いっきりアートに振り切っていて、ただただ格好いいという仕上がりにしようと思っています。そこから入ってもらって、ああ、実はこういう世界なんやと見た人に実感してもらいたいですね。
「CORNERSTONE」について満足していないわけじゃないんですよ。だけど、やりたかったことではなかったんですね。これからは思いつくことを思いつくままにやっていくつもりです。

−創作活動をしている施設に行って、作品そのものだけでなく、創作風景もフォトブックにおとし込むという構想は始めからあったのでしょうか?またフォトブックを通してみられるそうした創作風景や日常の部分について何か反応がありましたか?

作品だけを見てすごいと思えるものはあったんですけど、作者の日常を実際見てみて、なぜそんな描き方をするのかとかも見られたほうが効果的やという思いもありました。ですが、そっちへの反応はあまりなかったですね。ほとんどみんな作品に対する反応でした。この本には作品をそんなに載せなかったんですけどね。でも彼ら3人のプロフィールには反応がありました。
元々アール・ブリュットやアウトサイダーアートに興味がある人も、現場の写真を見る機会はないだろうという感覚でこういう写真をいっぱい撮ったんですけど、今後もそれは続けようと思います。けど、それに対してコメントはし難いやろうと思いますよ。これを見て、どう言っていいのかわからないというのもあるかもしれない。ただ、僕も信じてるんですけど、作品じゃなくて日常の写真に反応している人も多いんやろうなと。声はないですけど信じているんですね。僕自身こういう本はあんまり見たことがないんで。
彼らから得るものは無数にあって、それを具体的には表せないですけど、あやふやだけど確かに「生きる」ってそういうことやなということはいっぱい感じるんですよ。本当に、何もいらんものがない中で生きている人たち。アトリエコーナスさんではすごい狭いスペースの中に7人もいらっしゃるんで、完全に世の中とかけ離れた空気感というか時間の流れが出来上がっているんですよ。時間の感覚もおかしくなるし、そういう体験を週一回でもできるというのはすごいんですよ。それと、純粋すぎる。純粋という言葉の感覚以上に純粋なんですよ。
自傷もそうですけど、ちょっとしたケンカみたいなのでも、自分の本能としてのわがままを、ダイレクトに職員さんにぶつけたりしている。単純に大人の大きさをした子どもみたいな部分なのかもしれないですけど、普段自分たちはどれだけ色んなことを我慢しながら、お互いに人と人との距離を測りながら生きているのかということをすごく感じて、逆にへこみますよ。ここから1歩出たらまたいつもの世界に戻るんやという。そういうことはいっぱい感じさせてもらいます。

−日本では障害者と健常者は、目には見えない何かで分け隔てられているように感じます。日本では差異を認めることが難しい状況にありますが海外ではどうなのでしょう?

アール・ブリュットの世界ではabcd(フランスのアール・ブリュットコレクターの非営利団体)という機関がすごく強いんですね。アトリエコーナスの作品をメールで送ったら、「持ってる写真全部寄こせ」って。全部送りつけました。そういうやりとりを3〜4ヶ月くらい続けて、最終的にその中から19点ほど買いたいという返事が来ました。ちょうどその頃オランダのギャラリーからも買いたいという声が上がっていて。ヨーロッパはすごい手っ取り早いなと感じましたね。
ヨーロッパはアール・ブリュットに対して、日本とは全然違う角度で関心を持っている。というか全く福祉の心のない人たちなんですよ。完全なアート好きというか。本物の貴族で大金持ちでコレクターなんですね。abcdの集めた作品を見せてもらったんですが、すごいんですね。「やっぱり海外はすごいな」って思いました。
逆にフランスは日本の福祉施設のような場所は一軒もないんですね。すべて精神病院の中で収められているので、日本の福祉施設に興味を持っています。それでお互いに情報交換をしました。
カメラマンの1人であるヨシダダイスケは元々精神病院の写真を取ろうとしていて、全国回って軒並み断られたらしいです。福祉施設も一般の方から見ると外部の人間がかかわりづらい孤立した雰囲気はありますよね。僕は全部がそうなんかと思っていたんですが、アトリエコーナスさんは町家を改装した施設で、開かれた場所でやるというコンセプトがあり、誰でも見学にいけるんです。

−現場に行かれたときに「障害のある人が描いた、だからすごい」というような意識は感じなかったですか?

多分、世の中のほとんどの人は「障害があるのにがんばって描いている」という認識だと思います。でも実際に障害があるから描けるというか、簡単に言いますけど障害がないとこんなことできないんですよ。
正直に言うと、アトリエコーナスさんには7人アーティストがいて全員に感動することはないです。小学生くらいのちょっと上手な絵を描く子もいたりして、それでは感動にはつながらない。頑張って描いているというのは分かるんですよ。でも本当にすごいと思うのはその内の3〜4人で、施設の人にも、本当にすごいと思うものしか出せないから全員を紹介することは出来ないということを理解してもらいました。本当にすごいことが起こっているということを伝えたい。7人の内、自分がすごいと思っていない人を取り上げちゃうと結局勘違いさせる行為になってしまうというか、障害があるのにがんばっているという言い方になってしまう。
今アトリエコーナスさん以外にも滋賀や鹿児島などの施設を回っています。偶然か分からないですが、アトリエコーナスさんの施設は最重度の方しか入れないんですよ。滋賀県のほうは軽度の方もいらっしゃって。相対的に重度の方の描かれる絵の方がめちゃくちゃ面白いんですよ。比べて軽い人の絵は普通です。アール・ブリュットと言い出した人もそうですけど、ずっと前にドイツの精神科の先生の方が論文を書かれていたんですけど、何かしらの関係はあるんですよ。

−教育の影響が大きいと感じます。軽度の方ほど日本で行っている教育が入りやすく、わりと常識的に育っていかれる方が多くて、それはそれで生き易くなると思います。対して重度の方は放って置かれるというか、そういった意味で残っていかれる。ただ、自傷行為が酷くそれを服薬によって抑えることと、服薬なしでエネルギーのある創作を続けることとのどちらを選択するかというと難しいので、どちらが良い選択かというのは分かりません。

やっぱりどこの施設でもそうなんですけど、彼らには何の決定権もないというのは事実です。そこをなんとかすることは無理ですけど、僕らみたいな宣伝屋が上手に宣伝するとか、色んな職業の人が向き合ってちゃんと考えたらみんな何かできると思うんですよね。
瞬間瞬間でモチベーションってころころ変わっていくんですけど、一時期、abcdと関わり出してから、すごい色んな人から、「その先どうするつもりや」とか「海外と繋がって施設の方に直接電話が掛かってきて迷惑がかかるんじゃないか」とか、ネガティブなことをいっぱい言われて。「アートをファッションに落とし込むなんて何事や」とかね。何をやっても文句は言われるんですよ。
補助金の話も出たんですけど、そういうのをもらってしまうと制約ができてやりたいことができなくなる。だから一切寄付はお断りして、自分のやりたいようにやるというスタイルを貫こうと思っています。
元々興味のない人たちを集めて、そこにぽこぽこ点を置いていく感じで、そこから広がりがでればいいなと。例えば今回一緒に企画したNUDE:MM×CORNERS×PR-yでは、ファッションデザイナーの丸山昌彦さんのファンの方が服を見て興味を持って、そんな広がり方でいいと思うんですよ。時間はかかりますけど。でも今までなかったところに点を置いていくということが僕らの使命かなと思います。

−アール・ブリュットも世間に見る目ができていないような気がして、まだ珍しい絵ということで一般の人が集まってきているように思えるんです。そこから選ばれていくことになると思うんですが、海外ではすでにアートとして選択される域にきているのでしょうか?

海外と日本を比べると、大人と子ども以上の差があります。例えばabcdはたった一人で始めたコレクションなので、相当な審美眼がないとできない。そのかわりabcdで扱われているアートは素晴らしいという評判がヨーロッパ中、世界中に広まっています。
彼らは本当にシビアです。1,000点以上の作品を見せて、最終的に選ばれたのは19点ですから。
海外のコレクターは見る目があるかわりに、今回アトリエコーナスさんの作品を19点買ってもらいましたが、もっとすごいものがどこかの国であるとなると、その19点をヤフオクに出してでもお金に換えて買うという、それぐらいシビアなんです。なので今回は、契約書に転売禁止と記載して契約しました。
たまたまアトリエコーナスさんは初めに行った施設で、大阪の阿倍野にあるすごいマイナーなところで、しかもアート活動をしていて、すごいやりやすい条件の中に僕がのっかったという感じがしています。アトリエコーナスさんとabcdが繋がったということは結果論ですが、すごい有意義なことだと感じています。小さい無名の施設を探し出して、そこでいいなと思うものを紹介して、ゆくゆくは施設の運営資金に換えていけたらいいなというのが理想です。
服に関しても、一回目はライセンスフリーでやってくださいとお願いしました。2回目以降はRISSI INC.をはさまず丸山さんと施設の契約でやってくださいとお願いしています。そういうのをちょっとずつ進めていこうと。だからクッキーの売上げだけじゃなくアートもあって、ファッションも売れたらなんぼか入るみたいな、地味ですけどそういうことの積み重ねかなと思います。お金にするのに手っ取り早いのは海外に紹介することやというのはすごく感じました。

−世間に対し何を伝えたいと思いますか?

僕自身は、純粋な思いとは別に活動の軸として、アール・ブリュットを広めたい。ざっくり大きく言うと、社会参加をして欲しい。見ないようにしようとか、「障害者?ええわ」といった感覚とか、こんなおもしろいものがあるのにって思います。そういうものを正したいというのが一番ですね。
切り口として僕はアートと彼らのクリエイティビティを紹介することにしていますけど、グッズを作るということもひとつの手だし、みんな同じ命だということを綺麗ごとだけではなくちゃんと理解しないと駄目やと思う。その手段は数え切れないくらいいっぱいあると思うんですよ。思いついた人がやればいいなと思うんですよね。

−クリエイティビティのある方もいれば、そうじゃない方もおられるわけですよね。
そうじゃない方に対して、この活動は何か意味が見出せましたか。

結局、障害者の問題というのは周囲の問題です。そういう人たちがいたときに自分はどうするのかという。例えば絵でもそうなんですけど、彼らには「これいいでしょ」ということは言えないから施設の人が近所のおばちゃんに500円で売る。そこに僕が来て、これはもっと高く売れるはずやと感じて妥当な値段で売る。そういう意味で言うと、ものを作れない人でも周りがどうフォローするかという話になる。
究極がパトロンやったりすると思うんですけど、お金で助けてあげるというか。でもそういうパトロンって絶対数が少ないし、そうじゃない人も何かしようと思えばできるし、そのためにきっかけを作ることで何かしようとする人が増えるかもしれない。
まずは目を向けてもらうところから始めなきゃいけないわけで、僕はこういう切り口の活動で、知らんかった人に知ってもらいたい。色んな人が自分のやり方を見つけていったらすごくいいなと思いますけどね。

−PR-yの活動を続けていく中で、ゴールというものを作っているのでしょうか?

それは聞かれるといつも悩むところなんですよね。理想はいっぱいあるんですよ。ただ、今やっている活動のゴールは何かって言われると困るというか、見えない。取材してくださる方にも言ってるんですけど、支援ということばを僕らは一切使わない。趣味であったり好きでやってますねん、というスタンスでやっている。もちろん本当の所はそれだけではないですけど。それが支援とかサポートみたいに捉えられると、実は違うということになる。矛盾が出てくる。その矛盾を考えると、やっぱりこれは支援じゃないと思う。思いはあっても活動はサポートなんてものじゃないし、それやったらもっと本気で仕事を辞めてでもやらなあかんと思う。
このプロジェクトメンバーと一番最初に決めたルールが、身の丈にあったことしかしないということです。それ以上のことをしたかったら勝手にやってくれと。だから最初に、週1回しか活動もしないと決めた。この活動が義務みたいに感じ始めると続けられなくなる。でも続けないと意味がないから、続けるためにはこうしていこうというルールはいっぱい作りました。お金はノータッチにするとか、無理に身銭を切らないとか、本業をキャンセルしてまで絶対にやらないとか。
だからこの活動は決してサポートじゃないなと思っていて。それをサポートとか支援と言っちゃうと、本気の人たちに何を言われるかわからない。全然意識レベルが違うというか。自分の息子が自閉症だからといって、そこまでの覚悟でやってないんですよね。そういう意味で言うと本気じゃないという意識はどっかにあります。違った切り口で彼らのPRがやれるようにということに対しては本気ですし、理想像を持っているのも嘘じゃないですけど、じゃあこの活動とリンクするかといったら100パーセントそうじゃない。

−原動力は心が動くかどうかというところですか?

そうです。自分の心が動きさえすればその感動を人に伝えることはできるという自信はあります。それができなければこの仕事やってる意味はないので。だからそこには絶対に正直でいたいと思います。今回、写真集で紹介するアーティストを7名の内3名に絞ったのもそうです。あれが4人、5人になっていたらそれは絶対義務というかきれい事になっているんです。嘘をつくことになる。それはあんまり意味がない。

−どういう人にPR-yの活動を知って欲しいですか?

それは僕の中ですごく明確で、差別をしている人ではなくて、無関心な人ですね。何も知らないがゆえに触れていない人たち。逆に抵抗を持っていたり反対している人は、ある意味分かった上で抵抗しているかもしれない。それを動かすことはすごく難しい。そうではない、何もわかっていない人というのは、興味を持たせる対象としては恰好のターゲットなんですよ。そういう人たちが動いたときに化ける振れ幅というのはすごく大きいように思うんですよ。
アートに特化して本当にこんな恰好いいデザインを見たことがあるかとか、こんな絵を見たことがあるかとか、そういう気持ちの延長線上に差別的な感情は生まれないような気がするんですよね。こんなに素晴らしい人たちが描いてるんやから、みんな手を差し伸べようぜといった言い方になると、反対する人は出てくると思う。
正直ぼくの中でアール・ブリュットはアートかどうかも分からない。ある意味アートじゃないし、アートと言えばアートですね。ただ、そんなカテゴライズは意味がないし、ここの施設のこの作品は放っておけば、誰も死ぬまで見ることがないです。阿倍野に住んでて何かきっかけがない限り触れることはないのに、東京の渋谷でたまたま服屋でこれに出会う可能性ができるというのは、すごく意味があると思う。
僕の知らないところで広がる、そういうきっかけをいっぱい作りたいですね。僕の身内とか広告業界だけでは、福祉業界の広がりの範囲とあまり変わらなくなっちゃうんで。これからも、いきなり関係のないところに点を置いていきたいです。

インタビューは2012年11月に行われました。
写真提供:PR-y

editorial note

他者がどう彼らに関わるかで彼らの人生・生き方はがらりと変わってくる。今までの障害者に対する取り組みはサポートする側、サポートされる側という関係の中で、彼らにどう寄り添っていけば彼らの助けになるのかという視点がほとんどであったのではないだろうか。主体にあるのは障害者の方。そんななかPR-yは、寄り添うのではなく、自分たちにも相手に対しても嘘をつかず自分たちが本当に響くものをだけを通し、そのことに対してきちんと責任を持つやり方で障害者と関わっている。自分たちがやりたいこと、かっこいいと思うこと、素敵だと思うことに単純にアンテナをはって向かって行く。自分たちが持つ技術を使って。無理なく。遊ぶように。そして全く違ったフィールドへと接続していく。こういった関わり方も周囲の人間として障害者への関わり方の選択肢になるのではないだろうか。いろんな発想や視点を持って障害者に関わることできっと何か変わって行くような気がする。

PROFILE

笠谷圭見 |YOSHIAKI KASATANI
クリエイティブディレクターとして活動を続ける中で、知的障害者施設などで生み出された作品に出合い、魅せられ、PR-y(プライ)というプロジェクトチームを設立。日本のアール・ブリュットの魅力を国内だけでなく世界に向けて発信するために、海外の映像作家やアート関係者らとも連携。これまでに、ファッションブランドとのコラボレーションや書籍の刊行、海外ギャラリーとの橋渡しなどを行っている。

PR-y | http://www.pr-y.org/
member
Yoshiaki Kasatani(creative director)
Rob Walbers(photographer)
Daisuke Yoshida(photographer)
Jean-Yves Terreault(journalist)

EDITOR

井狩 恵、木谷 真人(musubi design)、樋口 千加味、藤木 達三(musubi design)

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